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8月10日 国民皆泳日(日本水泳連盟1953、〜15日)、ホームヘルパーの日
     帽子の日(全日本帽子協会)、道の日(建設省1986)、帽子の日
     宿の日(全国旅館環境衛生同業組合連合会)
     健康ハートの日(財団法人日本心臓財団1985)
     トイレの日(日本衛生設備機器工業会)
     LPガス消費者保安デー(毎月)

花ノ名前      花ことば            誕生花として
アルストロメリア(赤)エキゾチック          ×
コケ類       母性愛・信頼・孤独・物思い    ○
ネムノキ      歓喜・創造力           ○
ルコウソウ     私は忙しい・常に愛らしい・世話好き○

∞…∞ 8月10日・今日という日 ∞…∞

速水もこみち   (1984)  俳優
荘野ジュリ   (1983)  歌手
安部なつみ   (1981)  タレント、モーニング娘。
増川浩行 (ブランド君)   (1981)  タレント
升 秀夫   (1979)  BUMP OF CHICKEN、Dr.
山本智子   (1978)  歌手
遊井亮子   (1976)  女優、タレント
イルハン・マンシズ   (1975)  サッカー
スズトモ   (1975)  タレント
子安慎吾   (1974)  空手
ハビエル・サネッティ   (1973)  サッカー
松本コンチータ   (1972)  AV女優
加藤和也   (1971)  ひばりプロダクション社長
樹あさこ (樹亜采子)   (1971)  タレント、ギリギリガールズ
ケビン・ランデルマン   (1971)  格闘家
山根和俊   (1970)  漫画家 「ガンリュウ」「超弩級戦士ジャスティス」
北沢 豪   (1968)  サッカー
岩井小百合   (1968)  タレント
中野正之   (1967)  タレント
川田あつ子   (1965)  タレント
高橋ひろ   (1964)  シンガーソングライター
筧 利夫   (1962)  俳優
キャロライン洋子   (1962)  タレント
ピアニスターHIROSHI (吉田 洋)   (1961)  ピアニスト
梨本謙次郎   (1961)  俳優
小池道昭   (1961)  Dual Dream、Key.
松山香織   (1961)  タレント、キャスター
杏子   (1960)  歌手、元バービーボーイズ
アントニオ・バンデラス   (1960)  俳優
ジョプリン得能 (得能律郎)   (1959)  米米CLUB、G. 1997年3月に解散コンサートを行い、活動を停止し2006年4月に復活。
高城靖雄 (水原達矢)   (1958)  歌手
神足裕司   (1957)  コラムニスト
五味一男   (1956)  番組プロデューサー
三波豊和   (1955)  俳優
三國清三   (1954)  フランス料理シェフ
青山 孝   (1951)  元フォーリーブス
栗橋 茂   (1951)  野球
エド・デームズ   (1949)  超能力捜査官
角野卓造   (1948)  俳優
今出東二   (1947)  気象予報士
八代万智子   (1939)  女優
山田忠雄   (1918)  国語学者
レオ・フェンダー   (1909)  楽器制作家
ハーバート・フーバー   (1874)  政治家、アメリカ大統領
大久保利通   (1830)  政治家
ジュゼッペ・ヴェルディ   (1813)  音楽家
ミシェル・ペロー   (1810)  舞踏家

 ○ 和同開珎、発行(708)
 ○ 御成敗式目、制定(1232)
 ○ グリニッチ天文台、オープン(1675)
 ○ 井原西鶴、没。52歳(1693)
 ○ チュイルリー宮殿(ルイ16世、マリー・アントワネットの住居)、国民軍に襲われる(1792)
 ○ ナポレオン、セントヘレナへ追放 (1815)
 ○ シーボルトの荷物に伊能忠敬作の日本地図など御禁制品、発見(シーボルト事件)(1828)
 ○ 初の都営鉄筋アパート、完成 (1949)
 ○ 警察予備隊令公布(1950)
 ○ 森永製菓、インスタントコーヒー発売(1960)
 ○ 東京都、初の光化学スモッグ予報(1970)
 ○ 全米女子アマチュアゴルフ選手権で服部道子が日本人として初優勝(1985)

道の日
1986年(昭和61年)に建設省(現国土交通省)が制定したもので、1920年(大正9年)の8月10日に、日本で最初の道路整備計画が実施されたことに由来する。
また、8月は「道路を守る月間」でもあるため、その期間内に設けるという意味合いもあった。

宿の日
全国旅館環境衛生同業組合青年部が1992年(平成4年)に制定した日。
8月10日の語呂合せ。

ホームヘルパーの日
富山県が制定。
富山県ホームヘルパー協議会のシンボルマークから、「ハー(8)ト(10)」「ハ(8)ト(10)」の語呂合せ。

ハット(帽子)の日
全日本帽子協会が「8」「10」と「ハッ」「ト」の語呂合わせから制定。

トイレの日
日本衛生設備機器工業会が制定。 この日とは別に、11月10日は日本トイレ協会が制定した「トイレの日」。

イエローハットの日
自動車用品店チェーンのイエローハットが2002(平成14)年から実施。 「ハッ(8)ト(10)」の語呂合せ。

健康ハートの日
1985年(昭和60年)のこの日、日本心臓財団が創立15周年を記念して、21世紀の明るい健康運動となるように提唱したのが始まり。
8と10でハートの語呂合せ。循環器疾患に関する知識の普及をうたっている。

国民皆泳の日
日本水泳連盟が1953年(昭和28年)に設けた日。

独立記念日(エクアドル)
1822年、エクアドルがスペインから独立しました。

西鶴忌
1693年のこの日、『好色一代男』などで知られる江戸時代の浮世草紙の創始者、井原西鶴が52歳で没した。
大阪・上本町の誓願寺にある彼の墓は、作家の幸田露伴が発見したとか。


で〜〜〜す。よろしく(^ー゚)ノ



帽子の日(8.10)
8月10日は「ハット」で帽子(ぼうし)の日です。

日本では西洋系のかぶり物を全て「帽子」と呼びますが、英語ではつば(鍔)が 全体にある帽子を hat (ハット)、つばが無いか小さい帽子を cap (キャップ) と呼び分けます。
野球帽、水泳帽、学生帽、などが cap の類です。
シャワー キャップ、ナイトキャップの類も当然 cap です。
フランス語の場合は種類によらず chapeau (シャッポー)になります。
「シャッポを脱ぐ」という言葉がありますが、これは元々「かぶと(兜)を脱ぐ」だったのを、明治時代の人が、洒落で言い換えたものです。

ちなみに「兜」は英語では helmet (ヘルメット)、フランス語ですと casque (カスク)になります。
casquette と短小語尾を付けて女性名詞にすると、特にハンチングのようなタイプの帽子の意味です。
フラ ンス語にはもうひとつ bonnet (ボンネット)という言葉もあります。
これはつばが完全に無い帽子で、日本で「ボンネット」といえば布製のファッショナブルなものを思い浮かべますが、水泳帽のようなものも bonnet の部類に入ります(bonnet de bain)。

帽子の起源はおそらくはかなり古いもので、人類が獣の皮や木の葉などを身にまとうようになったのと同じくらい古くから、人々は頭にも何かかぶっていたのではないかと考えられます。
それは暑い地域では防暑、寒い地域では防寒、ほこりの多い地域では防塵、雨の多い地域では防雨を目的としたものであったでしょう。
これは初期の段階では帽子というより頭巾(ずきん)に近いものであったと思われます。
また青銅器時代になると、戦闘の際に敵の頭部への打撃を防御するための兜が発達します。

一方国家があちこちで形成され始めると、その王や豪族たちは権力の象徴として冠をかぶるようになります。
中国でも漢代の頃には皇帝が「冕(べん)」という、四角い板が載った冠を付けるようになります。
日本では天武天皇の時代に唐のしきたりを真似て位冠(くらいかんむり)の制度が出来ています。
日本書紀の天武天皇の巻には、漆紗冠(うるしぬり・うすはた・こうぶり)および圭冠 (はしは・こうぶり)といった言葉が出ていますが、この圭冠が後に発達して、「えぼし」になったようです。
という話をすると、冠を付けるのは聖徳太子の頃から行われていたのでは、という意見も頂きます。
確かに旧1万円札でも有名な聖徳太子の肖像「唐本御影」(法隆寺および宮内庁蔵)には冠を付けた聖徳太子の絵が描かれています。

しかし、日本書紀の冠位十二階の制定の所を見ると、当時は冠を付けるのではなく、髪を頭上でまとめてくくり、位に応じた色の布で包むのが正式となっていたようです。
この絵は少し後の時代に太子を知る人たちが太子を偲んで描いたものなのかも知れません。

奈良・平安の頃の男性貴族の服装は正式の場では袍(ほう)を着て冠を付けるものですが、略装では狩衣(かりぎぬ)に「えぼし」といったものになっていました。
この「えぼし」というのは、やまとことばであり「烏帽子」と書くのは当て字です。
えぼしは元々は絹製の柔らかいものだったのですが、鳥羽天皇 (在位1107-1123)が紙に漆塗りした硬い烏帽子を好み、それ以降その形式が定着しました。
室町時代頃になると今度はこれを折り畳んだ「折り烏帽子」が現れ、下級武士のかぶりものとして定着しました。
この頃までは、烏帽子を付けずに外を歩くというのは、現代の感覚でいうと裸足で公道を歩いているようなもので、かなり恥ずかしいものであったようですが、戦国期にはとてもそんな悠長なことは言ってられなくなって、武士達は普段は頭に何も付けないようになり、烏帽子は儀式などの時だけのものになっていきました。

一方女性貴族の場合は、釵子(さいし)という飾り留めを頭部に付けるだけで、室内ではかぶり物は使用せず、外を徒歩で出歩く場合に顔を完全に覆った、いわゆる「壺装束」になっていましたが、むろん貴族の女性が徒歩で外を歩くというのは、少なくとも平安前期までは普通考えられない話でした。
外出は通常牛車ですが、平安末期頃には世の中があわただしくなってきたこともあり緊急の際や密かに行動したい場合に、市女笠(いちめがさ)をかぶって外を出歩くことは行われるようになっていったようです。
その後安土桃山時代頃に「綿帽子」が登場、これは現在は女性の婚礼の時の服装として残っています。

西洋の帽子が入ってきたのは戦国末期のいわゆる南蛮人の渡来に伴うもので、新し物好きの織田信長などは、この西洋の帽子(南蛮笠と呼ばれた)をかぶったりしているようです。
しかしこの時はあまり定着せず、日本で帽子が普及しはじめるのは、江戸末期以降の文明開化の時代を待たねばなりません。

明治4年に断髪令が出て、髷(まげ)が禁止されると、その「ざんぎり頭」を収めるのに、帽子はちょうど良かったのでしょう。
男性たちの間に帽子が流行しはじめます。
それを見て、当時の進歩的な女性達は自分たちも髪を短く切って帽子をかぶったりし始めます。
それを見て慌てた保守的な人たちは、翌年今度は「断髪禁止令」を出して、女性はそういうまねをしてはいけない、という事にします。
しかし一度味わった洋装の面白さと便利さは女性達の心から離れず、彼女らは今度は髪を束ねて帽子をかぶるようになりました。
もっともこういうことをしていたのは、東京・横浜・神戸といった外国文化に直接触れている町の進歩的な女性だけで、それが一般化しはじめるのは大正ロマンの時代、モボ・モガの時代を待たねばなりません。

その頃から女性達の間でも帽子が急速に普及しはじめるのですが、この時はすぐに暗い戦争の時代がやってきて、せっかくのファッショナブルな帽子は押入の奥にしまい込まれ、モンペ姿に防空頭巾などといったことになってしまいます。
しかし戦争が終わると、みんな水を得た魚のように、思い思いの髪型に好きな帽子をかぶって、町を出歩くようになりました。

現在の日本国内の帽子の販売量は年間5000万個といわれており、特に女性の間ではここ数年、紫外線対策から、つばの広い帽子が好んで買われる傾向があります。



宿の日(8.10)
8月10日は語呂合わせで「宿の日」。
これは日本の宿、主として旅館の良さをアピールしようと国観連・日観連・全旅連・日本観光協会の宿泊観光4団体が定めたものです。
この日全国の観光地などの旅館組合ではいろいろなイベントを行います。

およそ宿の歴史というのは人類の文明の始まりとともに始まったに違いありません。

四大文明といわれるメソポタミア・エジプト・インダス・黄河の各文明の間にも交流があったことが認められており、交流があるということは人が旅をするということであり、旅をするということは宿もあったということになります。

ただし昔の宿というのは今のホテルなどとは随分雰囲気が違います。
江戸時代も中期の頃までは旅をする人は自分で食糧を持ち歩くのが基本でした。
庶民の宿として発達した旅籠(はたご)も基本的にはみな素泊まりであって、各自米や麦などを持参してそこで自炊していました。
それが江戸時代中期以降に貨幣経済が発達するとともに旅籠側が食事を提供する方式が生まれてきます。

現在、日本の宿はシティホテル・ビジネスホテル・旅館・民宿と大雑把に分類できます。
基本的には個室に区切られプライバシーが守られていて食事は別なのがホテル、部屋は障子ひとつで区切られているだけで宿の人が布団の上げ下げをして食事も部屋まで持ってきてくれるのが旅館、ということになりますが、実際にはそれぞれの宿によるサービスの方式は様々であり、境界線上の宿もかなりあります。

特に近年は大規模な旅館では人件費の問題から各部屋に食事を運ばず、客が食堂に行って食べなければならない所もよくあります。
またホテルでも和室になっていて宿の人が布団の上げ下げに来る所もあります。
この他特殊な形態のものとして、国民宿舎・ペンション・カプセルホテルなどもあります。

1993年頃まではわれわれ通信をする人が旅をする場合、電話がモジュラーになっている宿を確保するというのが非常に重要なポイントでした。
だいたいの目安としては昭和50年代以降に建てられたホテルの場合はモジュラーになっていることが多かったのですが、そういう宿の情報がNIFTYのFOLTJ(だったかな?)で交換されていました。
しかし最近ではまずこの問題を心配する必要もなく、万一の時は携帯電話につなげば通信ができるので困ることはほとんどなくなりました。



焼き鳥の日(8.10)
8月10日は語呂合わせで「焼き鳥の日」です。

焼き鳥というと、男性の方ですと焼鳥屋さんで食べるものというイメージ、女性の方ですとスーパーで5本とか10本とかパックに入っているものをイメージなさるかも知れません。

焼鳥屋さんは基本的には安価な居酒屋さんという雰囲気の所が多いですし、またスーパーの焼き鳥パックも手間のかからず家族も喜んでくれる便利なおかずという雰囲気があります。

さて「焼き【鳥】」とはいうのですが、実際には鳥だけでなく、野菜や豚肉なども鶏肉と同様に串に刺して焼いています。
ですから「焼き鳥」というより「串焼き」と言ったほうが正確なのでは?という意見もあるのですが、「串焼き」と「焼き鳥」は異なるという意見もあります。

そもそもどの範疇までを「焼き鳥」と呼ぶか、というのが、地域によって、更には個人によって、かなり差異があるようにも思われます。
また焼き鳥として焼く素材に関しても、地域により、かなりの差異があるようです。

下記は代表的と思うメニュー

・モモ  鶏のもも肉を刺したもの

・ネギマ 鶏肉(むね肉?)または豚肉とネギを交互に刺したもの
     (本来はネギとマグロだったので「ネギマ」なのだとか)

・鳥皮  鶏の皮を刺したもの

・つくね 鶏のミンチで作った肉団子を数個刺したもの

・砂肝  鶏の砂嚢

・レバー 鶏または物のの肝臓

・豚バラ 豚のバラ肉

・ししとう
・しいたけ

博多の焼鳥屋さんでは、ドレッシング?の掛かったキャベツの皿があって、その上に焼き上がった焼き鳥をどんどん置いてくれるようなシステムで、このキャベツはお代わり自由だすうのですが、このキャベツは博多独自のシステムだとも聞きました。

この手の「地域独自システム」のようなものは、全国各地にあるのかも知れません。

地域によっては豚を串焼きにしたものは「焼きトン」と呼ぶ所もあるようです。
漢字で「焼き豚」と書いてしまうと、別のものと混同しそうですし、カタカナになるのでしょうか。
また「やきとり」とは言うものの、鶏肉はあまり使わず豚肉が主流という地域もあるようです。




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